自立した女性の一生の働き方:お手本にしたいのは樹木希林さんの生き方

自分自身をマネージメントした樹木希林さんの自立した働き方
女性として自立することはどういうことでしょうか。
生涯現役という言葉がありますが、人生100年時代の昨今、最後まで現役で終われる人なんて本当に一握りです。
ましてや自立した女性でも、一生できる仕事なんてこの世の中のどこにあるのでしょうか。
何かの専門家になったとしても、同じ仕事を一生続けるのは、仕事内容の如何になります。
体力を使う仕事であれば、おそらく年をとると続けるのは難しいでしょうし、知能を使うにしても同じく。
私のように一人でPCを使う仕事でも、同じような仕事をしている人は掃いて捨てるほどいるわけで、一生続けたくても、ニーズがなくなれば、続けることはできないのが仕事たる所以で…
先日女優の樹木希林さんが亡くなりました。
75歳での逝去は早くもありますが、何よりも彼女の去り際の見事さに頭が下がる思いがしたのは筆者だけではないはずです。
自立した女性として、最後まで仕事を全うし、ご自分の役割を果たした生き方は、誰にもできることではありません。
ここでは本当の女性の自立と一生の仕事について、樹木希林さんの生前の語録を用いて考えていきたいと思います。
ステレオタイプ的には、経済的にも精神的にも自立していて、一人で生きていける人だと定義されますが、本当の意味での自立とは、経済面と精神面だけ網羅していればいいのでしょうか。
自活し、一人でも生活を楽しめるだけが、自立していることではないと、筆者は樹木希林さんの人生をみて思うのです。
ここで樹木希林さんの人生を簡単に紹介しておきます。
樹木希林(きき きりん)
1943年1月15日生まれ
現・東京都千代田区出身
死去:2018年9月15日
高校時代に演劇部に所属し、同時に薬剤師の道をめざしていましたが、大学受験の時に怪我をしたことから大学進学を断念し、1961年に文学座に入団。
1964年に森繁久彌主演のドラマにレギュラー出演以降、人気を博し、その後数々のドラマや映画での活躍は周知のとおりになりました。
芸名を売却したり、一度結婚・離婚したあと、ロックンローラーの内田裕也氏と再婚し、その後内田氏のDVにより別居、しかしそのまま婚姻関係は継続し、内田氏に離婚届けを勝手に出されたことで訴訟をおこすなど、役柄以上に個性的な半生でも知られるようになりました。
大女優になってからも、仕事のマネージメントは全て本人が一人で行うなど、芸能界では珍しい働き方を貫いた人でもあります。
仕事の受注はFAXや電話で行い、ギャラの交渉や、スケジュール管理、交通手段、宿泊するホテルまで自分で手配していたようです。
「私、とにかく今、一人でやっているでしょ。ここに来るのも一人、何をするのも一人。誰かに頼むと、その人の人生に責任を持てないから。」という希林さん。
癌になってからも、全ての仕事に最後まで責任を持ち、関わる人の人生を引き受ける生き方は、決して余裕がある、自立しているからということで済ませる話ではありません。
自立した女性は自分や周囲に対して無駄のない豊かな生き方をみせる理由
希林さんが語った中でも彼女の生き方を表している印象的な言葉。
「靴下でもシャツでも最後は掃除道具として、最後まで使い切る。
人間も、十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるということだと思う。
自分の最後だけは、きちんとシンプルに始末することが最終目標」
シャツでも人間でも、彼女の周りにある人やモノを決して無駄にしたくない、生きた証として意味ある生を全うさせようとする優しさが根底にある言葉です。
身近な人だけでなく、報道される自分の発言や行動、演技なども、自分のためだけでなく、それを見た、人生に喘いでいる人々に、何かしらの意味ある気づきがあるように、それが自分自身の役割だと思っていたのではないでしょうか。
晩年演じた役について語られた言葉です。
「自分で壁をつくって閉じこもっている若い人はいっぱいいる。
自由に生きていいのに自分で生きにくくしている、そのぜいたくさ。
壁なんかないのにね。
それが伝われば、この役を演じた意味はあったかな」
自分の役を通じて、映画を観る人に何か良い影響や気づきを与えることが、自分の仕事の意義であるということを端的に表現しているように感じます。
実際に言葉だけではなく、彼女が演じた役柄を通じると、すんなりと説得力をもって心に入ってきますからね。
そういう意味でも俳優という職業は、自分も周囲の存在も全てを無駄にすることなく、良い影響を与えられる、樹木希林さんにとって天職だったのかもしれないですね。
困難は自分を成熟させるための糧と考える
俳優という職業は自分ではない人生を追体験することです。
演じるより、どう生きるかが重要、掃除や洗濯、普通の生活を送ることが演じる上でも大切だと語っていた希林さん。
それは単に役柄をどう見せるかではなく、役柄がどう生かせるか、細部までのリアリティがないと演技も薄っぺらになるのかもしれません。
普通の生活をするということは、家事をするだけでなく、自分の仕事の管理も自分で行うのが普通のことだという認識だったのでしょう。
そして、生きていれば誰にでも降り掛かる困難にどう対処するのかが、人生の醍醐味で、生きる上での責任の持ち方や、困難を乗り越えることで、成熟していくことが重要だと常に語っていました。
手相を鑑定し、人生の中で困難を乗り越えてきた人にできる“障害線”が沢山あると言われて場面での発言です。
「それを障害と見るか、自分が乗り越えて人間として豊かになると見るか…ですよね」
「私は『なんで夫と別れないの』とよく聞かれますが、私にとってはありがたい存在です。
ありがたいというのは漢字で書くと『難い』、難が有る、と書きます。
人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか」
お手本にしたいのは樹木希林さんの人生論
人がなぜ生まれたか、という大きな命題に対して、実に軽やかにユーモアを交えて語れるのは、困難を乗り越えた人生を送った人にしか説得力を持たない技術ではないでしょうか。
筆者も含め、何かしら困難にぶつかると、誰かのせいにしたり、社会のせいにするような風潮がある昨今、全ては自己責任だと、縁だと心から信じて、明るさを持ちながら生き抜いた樹木希林さんの生き方こそ、これから必要なことではないでしょうか。
女性が一生できる仕事というのは、職業という形式としては、実際にはないかもしれません。
本当に自立した生き方をした女性は、生き方そのものが、仕事につながり、それがこの世での縁であり宿命なのかもしれません。
「あのね、年をとるっていうのは本当におもしろいもの。
年をとるっていうのは絶対におもしろい現象がいっぱいあるのよ。
だから、若い時には当たり前にできていたものが、できなくなること、ひとつずつをおもしろがってほしいのよ」
今後、年を重ねるごとに、希林さんのように、できなくなったことを面白がれるものなのか。
困難を有り難き縁だと受け取り、面白さに変える手法が身に付けば、人は成熟し、何をやっても成功するのではないでしょうか。
仕事や人生を楽しむ秘訣について問われた時の言葉。
「他人(ひと)と比較しない。
世間と比較しないこと。
比較すると這い上がれないので、挫折するので」
まとめ:今ある全てのものに責任をもって困難に立ち向かうこと!
一生できる仕事を探すのではなく、今ある仕事に感謝しつつ、責任をもって取り組み、全て自己責任だと捉え、困難に立ち向かい、明るく乗り越えていくことで、自分の仕事というものは見えてくるのではないでしょうか。
一生の仕事というのは、何も職業だけではないはずです。
樹木希林さんの人生を通じて、自分の生き方の薄っぺらさについて実感してしまいました。
今後訪れる困難を自分の成熟のためと思えるようになるには、まだまだ修行が必要かもしれませんね。

佐倉ゆき

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